点滴をやらなくなって数日後、見舞いに行くと、主治医の先生と会えた。
事前に看護師さんからあまり食べない(ほんの1,2口とジュース)と聞いている。
先生からもそんな話があったあと、「病棟を変えようと思う。気分転換になり、食欲上がるかも知れない。」というような提案があったので、快諾した。
治療から見守り的な移行かな、と思う。
更に数日後、電話があり、「本日移動」とのお知らせ。その午前中に行っていたけど、伝えそびれたと恐縮していた。
夕方 行ってみたら・・・
ケアセンターのようなところだった!こんなところが院内にあったのかぁという感じ。(と言っても、病棟が違うだけなんだが)
ナント個室!洗面台もある。(トイレは無い) まぁ、お金の話は一切してないけど(^^;)
看護師の方と話をする。
「今後の方針で先生と話をして欲しい」とのこと。
主治医の先生も変わるらしい。
『方針て・・・?』
「例えば、今後不調になった場合の治療の方針とかですね」みたいな。
なるほど、と早合点した。
●主治医が変わると、どんな風に様子を見ていくか ということだな
『わかりました。相談させて下さい。』
来週相談となった。
母と話をすると、意外にも
「こんなホテルみたいなところ。喜んでいいやら悪いやら・・・」
と少しうれしそう。
確かに、廊下の壁とかにも木が使われていて、以前の病室より暖かい雰囲気。
ご飯も食堂で食べるそうだが・・・その、ご飯で思うことがある。
腎臓悪かったり、血圧高かったりイロイロあるので食事制限あるのはわかるが、80歳を越え、さほど良くもならない状況の人が「全くおいしくない」と言って、結局一口しか食べない療養食を出す意味がどれほどあるのだろう?
”おいしい”が理解できる間に、少々体に良くなくても、食べることも大事じゃないか?
50代や60代で”復帰してまだまだこれから”なら数値改善の努力もわかるが、認知症アリでほぼ寝たきりで直る見込みが無さそうで、食べないから点滴・・・
少しおいしいと思うもの食べて、残り寿命が無くなってもいいんじゃないかと思うが 医療関係者には難しい選択なんだろうなぁ。高血圧や腎臓病の重篤化で死んだら病院はイロイロ言われるから・・・
人の幸せとは何か・・・あんまり考えたことなかった。
あと、この病院内のケアセンター的なところに入るにはどういうステップを踏むのが正解なんだろう?この辺りの介護医療のシステムもわからないことだらけ。
そういえば、弟が数日前に来た!ととても喜んでいた。
良かったと思う。